【涙腺崩壊】苺のショートケーキが食べたい【泣けるショートストーリー】

 


俺には歳が六つ離れた妹がいた。
俺は小学校の頃からずっと体育5とかで元気だけが取り柄みたいな子供だったんだが、妹はちょっと体が弱くて少し体調を崩すと何日も熱で寝込んじゃうくらいだった。

そんな事もあってかお互いケンカもほとんどなく本当に仲良く楽しく暮らしていた。
結構妹に甘くて、いつも何か頼み事されたら断り切れないでそれを聞いてしまう。

例えば、苺のショートケーキがおやつに出たら、出た瞬間にはもう妹が顔で合図してくる。

 

【参観日に送った父への作文】何物にも代え難い宝なんだよ【泣ける】

 

 

私の父が男手一つで私を育ててくれました。
母の居ない私に父は、寂しい思いをさせまいと必死だったと思います。

いろいろと体の違いや考え方の違いもありますし、
男の父が女の私を1人で育てるのにはかなり苦労したようです。
当時、私の父は貿易会社に勤めており出張を繰り返す日々でした。
その為、家に帰ってくるのはいつも遅く、私が寝てから帰宅というのがほとんどでした。

 

でも、私の誕生日には、毎年大きなケーキと大きなぬいぐるみを持って早く帰ってきてくれました。
二人だけの誕生日会。それはとても質素な誕生日会でしたが私には本当に暖かく、
かけがえのないものでした。
なので毎年その日が待ち遠しく、私は誕生日までの日にちを数えたりしていました。

 

 

 

【泣ける話】忘れることのできない2人の暗証番号。。

 

元号が昭和から平成に
変わろうとしてた頃の話です。

 

当時私は二十代半ば、
彼女も同じ年でした。

 

付き合おうかどうかという時期に
彼女から私に涙ながらに電話・・・

 

「結婚は出来ない体だから付き合えない・・・」

 

夜中でしたが気になるので
彼女に会いにいきました。

 

 

 

【実話】妻と出会った時の話

 

 

今から約10年前の話。

1998年、俺は高校2年と3年の間の春休みに、ある大学病院に入院した。
特に重い病気でもなくただの難治性潰瘍治療のための入院だったから食事制限や運動制限もあるわけじゃなくてかなり自由な入院生活を送れることもあって半分楽しんでたのも正直なところ。
ただ、俺の通ってた高校が学区トップの進学校だったから宿題の量が半端無かったから病院でやらなくちゃいけなかった。
夜の方が勉強はかどるんだけども9時消灯だから病室ではできない。だから俺は地下の自販機コーナーですることにした。

昼間は売店と食堂も隣接してることもあって活気(?)のあるそこでも、夜になると電気も落ちて自販機の明かりだけになる。その雰囲気も気に入った。勉強には少々暗いけどそこがいいと思った。

そこが始まりだった。

 

 

【衝撃実話】俺と元カノの久しぶりの再会とその行くへ。。。【泣ける】

ある日、元カノにバッタリ会った。
時間があったので、お互いの身の上を話していると
彼女が未亡人になっていたことが判明。
平凡だったオレの身に突然起こった嵐の出来事をつらつらと書くんで
ヒマだったら付き合ってw

彼女に再会したのは秋風吹く土曜の午後、某ショッピングモール内にある施設でのこと。
小学生の末っ子を習い事に連れて行った時のことである。
受付で名前を記入した末っ子を見送りながら、受付の女性になんとなく見覚えがあるような気がした。
同時に、相手もそんな感じでオレを見ていた
・・・そして・・・物語はこの一言から始まったのである。

 

 

【実話】「絶対に幸せになってね。約束。 」。。感動のショートストーリー【涙腺崩壊】

 

まだ1年ほど前の事なのですが・・・。
彼女がこの世を去りました。病死です。

その彼女と出会ったのは7年程前でした。
相手はその頃大学1年生でした。
持病があり、あと5年生きられるかどうか?と寂しく笑っていました。
それを承知で私たちはつきあい始めました。

つきあい始めたのは良いのですが、私の仕事の関係で遠距離(関西-東
北)になってしまいました。それでも、彼女は笑いながら逢えるついで
に旅行も出来ると言い、月に1度のペースで会いに来てくれました。
相手は実家に住んでいて、私は貧乏サラリーマン。それを察して、相手
が私の所に会いに来てくれていたのです。

 

 

 

【短編】泣かずにはいられない衝撃の実話…「俺は辛口のカレーが好きだった」

 

俺は父に育てられて大きくなった。物心つくまえに母とは離婚していたから母の愛情は知らない
寂しいと思うこともあったが、父の精一杯の努力もあり不満はなかった
頑固な父で、鉄拳制裁が当たり前だった。だけど俺を正しい方向に導いてくれたことは感謝している

 

父子家庭であることの影響などは全くないまま、高校を卒業して地元の会社に就職した
社会は自分が想像したいたよりもずっと厳しく、右往左往する毎日だった
あっという間に日々は過ぎて俺は20歳の誕生日を迎えた

 

 

【けん玉はたのしいだろ】用務員のおっさんとの思い出【感動話】

 


 

小学三年くらいの時の話。
おれは転校してきて、誰とも馴染めないで、ずっと花壇に張り付いて花のスケッチばっかしてた。

花壇近くに、焼却炉(昔はどこの学校にもあったんだ)があって用務員のおっさんは
いつもなんか燃やしてた。

当時の俺のスペ
メガネ
デブ
いつもチャンピオンのジャージ
スポーツできない
おっさん
60くらい
いつも上・下ベージュの詐欺容疑

 

 

【泣ける】障害者になった俺と、支えてくれるおばあちゃん【実話短編】

 

先にばあちゃんの説明しとくか
簡単に言うと親が共働きだったから学生の間昼間は俺の面倒見てくれてた
正確には生まれてから高校出るまでの間
そんな訳で俺にとっては半分母親みたいなもんだった

どういう生活してたかというと
朝6時頃実家で起きる→7時にばあちゃん家に行って朝飯食って学校に行く→ばあちゃん帰って晩飯→
親が帰ってきて実家で風呂入って寝る

小学生の頃は実家はほとんど風呂入って寝る所でしかなかった