恋してはいけない人に恋をしてしまった、、、

 

その頃、俺は会社の女の子とよく飲みに行っていた。
そのコ・新藤 明日香さんは別の会社から俺の職場に出向していた人で、
同じ部署の仕事仲間だった。
仕事も優秀で、サバサバとした性格は付き合いやすく、
また住まいも俺と同じ横浜だったので、よく帰りがけに一杯やった。
男女ふたりが飲みに…とは言っても話す内容はいつも仕事のことばかりで
色気のある会話は別段無かった。

しかし回数を経るごとに彼女の態度が変わってきた。
俺に気があるような態度、仕草が目立ってきた。
俺も芽衣子さんと膠着状態にあったので、そんな彼女のアプローチを甘受した。
だが決定的な言葉は言わせず、言わずのノラリクラリ。
芽衣子さんの存在も新藤さんには言わなかった。
いい気になっていた。

今思い出すに、実にいやらしいヤツだったと思う。

2月に入ってまもなく、仕事中、新藤さんが俺に小声で言った。
「来週の金曜日、帰りに食事しません?」
その日はバレンタイン・デー。
「大塚さんに予定がなければですけど…」
俺はOKした。

バレンタイン・デー当日。
会社から少し離れた喫茶店で待ち合わせした俺と新藤さんは、
地元のほうが終電を気にしなくていいからと、横浜に移動した。

「明日はふたりともお休みだから、朝まで飲みましょうね(笑)」

丁度いいウサ晴らしになると、俺も「望むところさ~」と軽く返した。
彼女のお気に入りだという店に案内された。
店内はカップルだらけ。
ここに来て突然、俺は自分に動揺した。
なにしてんだ俺!? いや、なにしようとしてんだよ、俺!?
乾杯の後、新藤さんがチョコの包みを出しながら言った。

「付き合ってくれますか?」

その言葉を遮るかのように俺は言った。慌てふためいていた。

「ごめん新藤さん、ごめん!
ここまで来ておいて、こんなこと言うのはおかしいし矛盾してるけど、
ごめん、俺、付き合っている人、いるんです!ごめんなさい!」

ワッ、と彼女が泣き出した。

もう俺の視線は彼女に釘付けで、周囲の視線は感じたけれど、
それを恥ずかしがる余裕など全く無かった。
彼女は言葉もなく泣き続ける。
自分のしたことに居た堪れなかった。
ようやく彼女が泣き終えた顔を上げた。
俺はひたすら謝った。ごめんと言うばかりで他の言葉は浮かばない。
彼女が言った。

「いいんです、いいんです…言ってくれてよかったです。ごめんなさい」

謝るのは俺のほうです。本当にごめんなさい!

「大塚さんの言葉だけに泣いてしまったんじゃないんです…
最近別れた彼氏のこと、思い出して…」

彼女がその彼氏のことを話し始めた。
俺は黙ってその話を聞いた。
聞くことで俺のしたことが少しでも償えるなら…そんな身勝手な気持ちだった。
その彼氏とは去年の11月に別れたという。
理由は彼氏の浮気。

というよりも、新藤さんと付き合い始めた当初から、同時進行で別の女性がいたらしい。
結婚を誓い、双方の親にも挨拶を済ませた頃、それが発覚したそうだ。
責める彼女に対して、彼氏は開き直るばかりか、暴力まで振るったという。
踏ん切りをつけて彼氏と別れ、気持ちはボロボロになって何もかも嫌になった。
もう会社も辞めてしまおうかと思った頃、俺が転勤してきた。
いつも飄々としていて、明るく自分に接してくれる俺の姿に、彼女は救われたという。
責められるどころか、そんな風に俺のことを話す彼女に、ますます申し訳なく思った。

その後も彼女の話を聞き続けた。
話しながら彼女は杯を重ね、店が閉店時間を迎える頃には、彼女はヘベレケになっていた。
俺の酒量もとっくにリミットを越えていたが、とてもじゃないが酔えなかった。
酔い潰れた彼女を引きずるようにして店を出、タクシーを拾う。
彼女をタクシーに押し込み、自分は別のタクシーをと思ったが、
いくらなんでもそれは酷いと思い直し、俺も一緒に乗り込んだ。
正体をなくした彼女から住所を聞き出すのは骨が折れたが、
それでもなんとか彼女のマンションまでたどり着くことが出来た。
しかし揺さぶったりホッペを叩いても彼女は起きない。
タクシーの運転手が苛立った声で言う。

「一緒に降りてくれませんか?彼氏でしょう?」

口論する気力も無かったので、彼女を抱えて降りた。

酔っ払いは重い。
俺は彼女を背負い、ひぃひぃ言いながらドアの前まで歩いた。
と、彼女が目を開けた。

「よかった。もう大丈夫だね?」
「はい。すみませんでした」
「じゃ、降ろすよ」
だが彼女は降りようとしない。
「どした?まだ立てないかい?」
「大塚さん」
「ん?」
「今日は一緒にいて」

耳元で囁かれたその言葉にクラクラとした。
俺は泊まった。

なんともバツの悪い朝を迎えた。
のそのそとベッドから出た俺に新藤さんが日本茶を差し出した。

「コーヒーよりこっちのほうが、大塚さん、いいでしょ?」

笑顔だ。
なんで笑顔になれるんだ?
俺は苦笑いすら出来なかった。
あまりまともに会話も出来ず、俺は帰ろうと身支度を整えた。

「私も出掛けるので、駅まで一緒に行きましょう」

早くひとりになりたかったが、俺は何も言えなかった。
道すがら、彼女が言った。

「何も考えないでください。私、これきりだと思ってますから」

彼女はいつもの職場での顔になっていた。

 

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